ペット達の思い出 *別れ*

その1 ボニーの思い出
その2 チビの思い出
その3 ボニー&ムック

その1 ボニーの思い出

bonny ボストンテリア
1976年、私にとって最初の犬として我が家に来ました。
写真は 3歳の時の彼です。犬の躾けとか健康管理とか基本的なことを何一つ知らない家族に飼われましたが、13歳(老衰)で亡くなるまで大きな病気もせずに過ごせました。

小さい頃 シッポがちょっと曲がっていて、ブタさんのシッポみたいでした。
耳はピンと立っていました。大きくなると垂れてくるため小さい内に切るのが一般的だそうですが、その時は抵抗がありそのままにしておきました。結局死ぬまで耳はピンとしていました。

とても理解力のある子でした。『おすわり』『あくしゅ』は1回教えただけで、2回目からはちゃんと出来ました。

若い頃 私が机に向かって何かしていると、自分が遊んで欲しいのに脇のベッドの上でこちらの様子を伺いながら何時までも待っているいい子でした。2時間程するとそ〜とベッドを降り、申し訳無さそうに私の足をそ〜〜っと押してきます。『遊ぶか、おもちゃ持っておいで』と言うと、一生懸命おもちゃを選んで持ってきます。この時、犬が『おもちゃ=遊ぶ物の総称』ということを理解できることを知りました。

渡米 彼が4歳の時、両親が転勤でアメリカに行くことになりました。母の心細さを紛らわすため、ボニーも一緒に渡米。留守にペットクリニックに預けられても英語が理解できず、最初は苦労したみたいです。1週間、両親が日本に一時期国している間、寂しさのためかろくに食事をしなかったようでガリガリに痩せてしまったとか。

帰国

(老後)
帰国した時は、何歳だったのだろう? 7歳位? 視力がかなり弱ってきてそのうち物にぶつかる様になってしまいました。晩年は足も自由でなくなり、パンパースをして居間に引かれたバスタオルの上で過ごす毎日。

天国へ ある夜中のこと。私が何気なくボニーを見に行くと、なんと寝たきりだったはずのボニーが立ち上がりこっちへ来ようとするではないですか。私は『お〜今日はどうした? 元気になったのか? よかったな〜』というと私に寄り掛かって甘えている様でした。
次の朝、彼は冷たくなっていました。最後の力を振り絞って挨拶をしてくれたのでしょう。13歳だったと思います。あの日のことは今でも鮮明に覚えています。今は庭の隅で静かに寝ています。
こんな事を書いていると・・何だかディスプレーが歪んで見えてきました。




その2 チビの思い出

chibi セキセイインコ
私は中学2年の時からず〜〜とインコ、熱帯魚を飼っています。インコは代々『チビ』と言う名で呼ばれていました。

手乗り? 私の飼っていたチビちゃん達は例外無く、手乗りでした。
『手乗り』と言うよりもっと親密感の有る、そう犬と人の様な関係と言った方が良いと思います。
チビの籠はどれも一番小さい物でした。可哀相 ?? いえいえ、その扉は何時も開いていましたから出入り自由。『チビ』と呼べば飛んできて、一緒にお菓子を食べたり。一方に『おしるこ』、もう一方に『お茶』が入った2つの『おちょこ』を代わる代わる食べていたチビもいました。
楊枝を加えて、チャンバラ遊びをしたチビもいました。

別れ 生き物ですから、いつかは別れが来ます。その中でもとても印象深かった別れがありました。
私が高校3年の時、チビはかなり歳をとり私に甘えることが多くなりました。そんなチビがある夜から『一人で寝たくない』と言いだしました。(そういう風に思えたのです)とまり木にも自由につかまれなく、安心して寝ている様に見えないのです。私が手でチビを包む様にすると、あたかも安心したように眠ります。1週間ほど毎日寝るときはチビを手の中に抱いて寝ていました。
その日は私の大学入試の発表の日でした。発表を見に行き、『合格』を確認してうきうきしながら家に戻る途中、ふいにチビのことが頭をよぎりました。『そうだ、チビの好きな餌(いろいろ混じった種の内、チビが好きな種は分かっていたので)を買って帰ろう』と餌を買って家に着きました。まず2階の自分の部屋に行き、『チビ、好きな餌買ってきたぞ』と近寄ると、何か様子がおかしいのです。元気が無い。いつもの様に手で抱くと、いつもの様に安心した様子。でも、おかしいんです。チビの体から力がだんだん抜けて行く。それが止まらないのです。手の中でチビの力が抜けていく、そしてふ〜〜〜と軽くなった様に感じました。チビは天国に旅立ったのです。
私の手の中で。・・・・・・・・・・・